リーバイスの歴史を紐解く!ヤコブ・デイビスとリーバイスの出会い

つい先日、会社の先輩と同僚と飯食いに行ったんですね。

で、一軒目終わって、二件目でキャバクラ行こうぜ、という話になったんですが、そこで自分がいかに人見知りかを思い知りました。

四時間ぐらいは居たと思うんですが、終始「なんでこの人話しかけてくるの、コワイ」と思ってました。

よくよく考えなくても、ビジネスだからですよね。

まあ、これで勘違いできるほど元気はないんですがね。

次回記事でリーバイスのオススメアイテムについて紹介する予定ですが、前情報として知っておいていただきたいことを、ご説明します。

さあ、今回はリーバイスについてのお話。



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リーバイスの物語

リーバイスが生まれた時代について

リーバイスことリーバイ・ストラウス社(以降、リーバイスと呼称)は、遡ること150年以上前の1853年にサンフランシスコで誕生しました。

1853年というと、日本では嘉永と呼ばれる時期。

ペリーが浦賀に来航したのも1853年のことです。

(引用元 wikipedia)

時代背景を見てみれば、アメリカは空前の「カリフォルニア・ゴールドラッシュ」の真っただ中です。

このゴールドラッシュが、少なからずリーバイス発足や普及に関わってくるわけです。

この時代を服飾の目線からひも解けば、日本では未だに着物が一般的に着用され、西洋では今まで一般的だったオーダー品に加え、既製品が少しずつ普及し始めた時期でもあります。

当時の西洋では、左のような服が好まれて着られていました。現代ファッションに比べるとエレガントですが、同時に仰々しくも感じるスタイルですね。

この美しいフォルムを保つために、専用の下着なんかも開発されていくわけですが、それはまたの機会にしましょう。

当時のアメリカのファッションの画像で良いものが見つかりませんでしたので割愛します。

まあ、ともかくとして、この時代は良くも悪くも、画一的

(引用 杉野学園衣装博物館様)

で、右向け右のファッションが多かったように感じますね。

その理由を勝手に考察すれば、王妃などの分かりやすいファッションアイコンが存在したからではないでしょうか。

とはいえ、貴族と勘違いされては処刑を免れないような時代は、その限りではありませんが。

さて、ようやく本題に入ります。

リーバイスについて

リーバイスは前述のとおり、1853年に発足しました。

今でこそジーンズ販売の老舗という印象が強いのですが、もとは生地全般や雑貨を販売する会社でした。

発足当初は、港湾労働者用の作業着を主に販売していました。

では、いつ頃から「ジーンズといえばリーバイス」という印象ができあがったのでしょうか。

そこにはある一人の人物が大きく関わっていました。

それが彼です。

ヤコブ・デイビスとリーバイス

その名をヤコブ・デイビス。

日本では意外と知られていませんが、知る人ぞ知る「ジーンズの生みの親」です。

彼はロシアのユダヤ人の家に、1931年に生まれています。

半生を語ると話が逸れてしまいますので、簡単にご説明します。

ヤコブ・デイビスははじめ、アメリカでテイラーショップを経営します。

(引用 wikipedia)

しかし、金銭的に満足のいかなかった彼は妻や家族とともに、カナダ、そしてアメリカで砂金を発掘したり、豚肉や煙草などの卸売をしていました。

後にもう一度、天職であるテーラーショップを開業するのですが、その中で、リーバイス社と出会うのです。

そんな折、ヤコブ・デイビスは必要に駆られて、丈夫な作業着を用意する必要がありました。

そこで生地をリーバイス社から買い求めたのです。

これが両者の付き合いのはじまりでした。

当たり前のことですが、これまでも作業着やパンツといったものは存在していました。

しかし、そのほとんどが、ゴールドラッシュなどで過酷化した労働に耐えうるものではありませんでした。

どんなにオンスの高い、厚い生地を用いても、縫製部分から裂けてしまうのです。

そこで、ヤコブ・デイビスは縫製の重要な箇所に、銅でできたリベットという部品をつけることで、補強するという案を考えました。

この考えは大当たりで、労働者の間では、その評判がみるみるうちに広がっていきました。

さて、当時のヤコブ・デイビス作ジーンズの価格は、3ドルだったと言われています。

これを2017年の米国ドルに換算すると、およそ100ドル相当になると思われ、日本円にして約10000円程度になります(雑な計算ですいません)

もともと、労働者用に作られたジーンズにしては、かなり強気な価格設定と言えますね。

ヤコブ・デイビスがリーバイスに宛てた手紙、リーバイスの商才

ここからは憶測が入りますが、私はこのジーンズは思ったよりも売れなかったのではないかと思っています。

根拠として挙げられるのは、ヤコブ・デイビスがリーバイ・ストラウスに宛てた手紙です。

封筒の中には、リーバイスから購入した生地の代金と、嘆願書とも取れる手紙が一通入っていました。

内容を要約すると

「リベットはとても素晴らしい技法だから、是非、特許を取りたいと思っている。しかし、家族も多く、忙しいので特許を出願に行くことができない。なので、リーバイ・ストラウスさんが代わりに私の名前で特許を出願してくれないだろうか。特許出願には68ドル(現在の日本円にして20万円以上)かかるが、もし出していただけるのなら、リベットを取り付けた商品の販売権の半分を差し上げよう」

なにか、不躾な感じもしますが、大まかに言えばこんな感じです。

こんなふざけた内容に対して、リーバイ・ストラウスはほとんど即答で、特許を代わりに出願することを了承します。

これは、ヤコブ・デイビスの技術力ももちろんですが、リーバイ・ストラウスの商才を表した一幕と言えそうです。

結果として、この手法は現代まで残ることになり、リーバイスは世界一有名なジーンズメーカーとして名を馳せることになります。

現代ファッションとしてのリーバイス

ここからが当ブログの本領発揮。

現代ファッションとしてみたときのリーバイスについて考えたいと思います。

現在のファッションの潮流として言えるのが「ビッグシルエット」の台頭です。

体に沿ったものではない、大きなシルエットの服を着ることで、リラックス感を出し、気張らない服装のことです。

さて、服装にはラインと呼ばれるものが存在します。

「A」「Y」「I」の3つのことですね。

ざっくりと説明すれば

A……上下ともにルーズなシルエット

Y……トップスはルーズ、ボトムスはタイト

I……上下ともにタイト

細かく言えば、少し異なりますが、大体こんな感じですね。

ファッションサイトなどを見ていると、簡潔と言うべきか、不親切と言うべきか、ただただビッグシルエットが流行りとしか書いてないことがほとんどですが、現在のビッグシルエット流行のメインストリームは「Yライン」です。

そこで、タイトなボトムスが話題になるわけなんですが、リーバイスにもタイトなデザインのものは存在しています。

こんな感じに。

しかし、実際のところはリーバイスにはスキニーやタイトといったイメージがあまりありません。

むしろ、そういったイメージが強いのはヌーディージーンズやファクトタムといった気鋭のメーカー。

では、リーバイスにはどのような現代ファッションとしての価値があるのか。

私がここ最近注目しているのが、アウターにおけるリーバイスです。

これについては次の記事でご紹介したいと思います。



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